忘却

 
 
 
 
巡り巡ってひつじ日和にやってきた古本。
巻末にメモ書きを見つけました。
大切な人からの贈り物でしょうか。
 
1993年11月6日晴れ
41歳の誕生日に  〇〇〇〇(←お名前)
連尺町の谷島屋書店にて
 
と、青いインクで記されていました。
 
購入先は歩いてすぐそこの老舗の本屋さん。
1993年に41歳ということは、今は69歳。
「美しい恋の物語」という短編集です。
 
メモの内容が想像つく市内のことなので生々しく感じます。
もういらなくなってしまったのか、忘れてしまったのか…。
この秋いちばんのせつないストーリー⁈
 
美しい恋の気持ちを思い出すべく、この短編集の中からいくつかの作品を読んでみましたが、忘却の彼方、全く身が入りません。
 
装画は安野光雅さんで、編者と解説もされています。
わずか数ページの、嘘か誠かわからないような、安野さんによる解説代わりのお話〈ホテル・ヴェリエール〉の方が、本編よりも余程気になりました。
 
イタリアの滞在先で出会ったステラという女性とのやりとりが饒舌に語られています。
ワイン片手に、芝居で互いに初恋の相手役をつとめながらの会話です。
 
〈イタリア語など全くわからない私がステラと話したことなど、誰が信用してくれるだろう。で、百人一首の中から、私たちの会話の雰囲気に最も近いものを二首選んだ。〉
 
そこでそんな情熱的な二首をあげられても、読み手の頭の中は少し混乱します。
 
〈人生の秋の思い出に、私は、幻想と記憶を、事実と見紛うばかりにつむぎあげておかねばならないのだから。〉
 
あ〜、そういうこと…。
 
安野さんの旅の絵本シリーズは馴染みがあり、素朴な雰囲気の絵が好きです。
この文章を読んで、いったいどんな方だったのだろうと興味がわきました。
ユーモア溢れるロマンチストかな。
 
装画がボッティチェリを模していると最初に気づいたのは長女。
さらによくよく見たら、画中に例の百人一首もあるよと。
初々しい気持ちはやっぱり若者でないと!
 
忘れ去ったものを手繰り寄せる、楽しいひとときを過ごしました。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

「ちくま文学の森(1) 美しい恋の物語」

 

 

 
 
 
 
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