This is water. いったい何の話?
気になって開くとそれは、アメリカのある大学の卒業生へ向けたスピーチ。
アメリカらしい小話も交えた、黒い帽子とマントの装いでの花向けの言葉でした。
がんばって得た学位と約束された未来を称える内容かと思いきや、厳しいアメリカの現実と、繰り返す毎日に疲れきった大人、渋滞ばかりでガソリンを撒き散らす暮らし…そこであなたは何を考えますか?と問われます。
そのアメリカの疲れた大人から出てくる数々の罵詈雑言に、実は身に覚えがありました。
若い頃のある時期、私も車通勤でした。
仕事にうんざりしていたのもありますが、毎日毎日、繰り返す渋滞の中にいるとなんだか阿呆のようで、こんなことしに生まれてきたんじゃない!という怒りがわきました。
でも、そこまでが私たち人間皆の〈初期設定〉だというのです。
訳者解説を読んでさらに驚いたのは、この方が未完の長編「蒼白の王」を残して既に去っていたこと。
〈三十歳になるまで いや、たぶん、五十歳になるまでには どうにかそれを身につけて じふんの頭を撃ち抜きたいと思わないようにすることなのです。〉
背景を知るとその言葉の重みが増しました。
〈初期設定〉のままではいられない。
その先を誰もが簡単にみつけられたらいいのですが…。
デヴィット・フォスター・ウォレス「これは水です」
読書空間 ひつじ日和